水戸街道を歩く | 空に向かって実をつけるソラマメを発見! | 牛久~土浦

今日は常磐線の牛久駅から水戸街道を歩きました。

え?茨城って東京近郊なの?

そうなんですよね。実は東京と茨城は隣接していないんです。でも、首都圏新都市鉄道株式会社が運営してるつくばエクスプレスがあるんですから、近郊なのではないでしょうか。

牛久宿

歩き始めて4km弱、小野川を渡って道が登り坂になってやや左にカーブするころ、右手に畑がありました。
何が植えてあるのかなぁと見てみたら・・・

空に向かって実をつけるソラマメ

空に向かって実をつけるソラマメ

ソラマメが空に向かって実をつけていました!(もう少し低い位置から撮ればよかった)
知っている人には当たり前のことでしょう。でも、初めてみた僕には衝撃的でした。

確かに空豆って書くけど・・・

ソラマメの実は重量があるのに、どうしてわざわざ空に向かって実をつけるのかな。完熟しててポロッと取れた時に遠くまで実を運びたいからかな。

空に向かうにしても、茎から随分開いているよね?つながっているところに、てこの原理で強い力がかかると思うんだけど。もっと茎に沿った方が強度確保の点で楽なんじゃないかな。それとも、初めは茎に沿っていたんだけど、ソラマメの重量で開いてしまったのかな。

ソラマメは大豆より大きいのに、何で大豆という名称を得られなかったのだろう?

そんなことを自問自答しながら歩いていると、右手にある立体交差の上に「ひたち野うしく」の駅が見えました。

僕は学生時代に常磐線を使っていました。

JRが国鉄だった当時、中距離電車は赤電と呼ばれていました。(そういえば、原ノ町に行く客車列車も存在していて、よく乗ったなぁ。ドアは手動で、いつでも開けられたので、停車直前にホームに飛び降りたら、意外にまだ速度があって、転びそうになったり、一番前に行くとパンタグラフとトロリ線が擦れているところが見えて、トロリ線はジグザグに張られているのが分かって、なるほどなぁと感心したりしたことがあったなぁ)

日暮里駅では赤電が来ると、停車駅名が連呼されていました。「・・・、藤代、佐貫、牛久、荒川沖、土浦、・・・」

毎日連呼されていると、勝手に覚えてしまいます。(嘘です。僕は覚えようとしないと覚えられません。)

その後、常磐線を使わなくなって20年以上経過した僕の辞書には、「ひたち野うしく」という駅名は存在しないのです。あっ、もちろん臨時駅の「万博中央駅」は辞書に載っていますよ。

ところで、なぜ「野」だけ漢字なんでしょう。牛久市ひたち野にあるのなら、せめて日本語的には「うしくのひたち野」ではないのか。

荒川沖宿

中根一里塚

中根一里塚

右手に一里塚の跡が見えました。大きな木は植わっていないものの、それらしい塚の形状をしています。

荒川沖の一里塚

荒川沖の一里塚

「やっぱり街道歩きの楽しみの一つは一里塚を見ることだよね」なんて思いながら道の反対側を見ると、やはり塚があります。

「おっ、ここは珍しく、道の両側に残っているんだ」と思いながら、何か違和感を感じました。

今まで数にして100程度の一里塚(跡)を見てきた中で、左右の一里塚があった場合、説明用の看板は、どちらか片方の塚の横にしか立っていません。でも、ここでは、両方の塚の横にそれぞれ立っているのです。とりあえず、釈然としないながら、両方の塚の写真を撮りました。

帰宅後、写真を確認すると、片方は「中根一里塚」、もう片方は「荒川沖の一里塚」。名前が違います。もう一度確認すると、前者は「牛久氏指定文化財」、後者は「管理者土浦市」です。

ははーん、読めました。一里塚が市の境にあったので、それぞれの市で仲良く一つずつ管理することとしたのでしょう。また、文面から、本来の名前は中根一里塚だったと思います。しかし、中根は牛久市中根町の地名なので、土浦市ではその名前を採用できないため、荒川沖の一里塚と名付けたんだと思います。

中村宿

そこから8kmくらい進むと下り坂があります。霞ヶ浦に注ぎ込む桜川が削って坂になったのでしょうか。その途中の右手には、市指定文化財である下高津の道標があります。

下高津の道標

下高津の道標

この面には江戸道と書いてあるそうです。「戸」は読めますが、「江」は風化していて読めません。どうして白くなるのでしょう?大理石が酸性雨で風化したため?岩石に詳しくなりたいなぁ。「道」も読めません。くずし字も読めるようになりたいなぁ。道の字の下にある2つのくぼみは何のためでしょう?隣りの石碑の下の同じようなところにもくぼみがありますよ。道標の上面にもくぼみがあります。何のためでしょう?

桜川の河原

お弁当を食べた桜川の河原

桜川に出ました。
川のほとりは良いですね。癒されます。土手で持ってきたお弁当を食べることにしました。

土浦宿

桜川を渡ると土浦の宿が始まります。

品格のある街並みで、歴史を感じさせます。

観光案内所を兼ねる、まちかど蔵「大徳」さんの外観の雰囲気が良かったので、2階の和室を見学させていただきました。

階段を下りてくると、観光土産品が売られていました。土浦は日本一のレンコンの産地だそうです。大昔に、茹でた(?)蓮の実を食べた記憶があり、美味しかったような覚えがあったので、実だけ売っていないか訪ねてみました。しかし、加工品しか無いとのとこでしたので、はすの実の甘納豆を買って帰りました。味は、普通の甘納豆でした。

時刻は、ほぼ14:00でした。

ここからは、水戸街道と常磐線が離れてしまい、再度近づくのは石岡になります。その距離は直線で14km以上あります。あまり無理をしたくなかったので、亀城(きじょう)公園を見てから帰ることにしました。

亀城公園

亀城公園

亀城公園は、結構立派な堀があります。しかし、あまり標高差はありません。土浦一帯は、争いの少ない、結構平和な土地柄だったのでしょうか?

標高差が無いためか、ウィキペディアによれば、度々水害に遭ったそうで、その時の姿が亀の甲羅に見えたので亀城という異名が付いたとのことです。

駅舎の立派な土浦駅

駅舎の立派な土浦駅

土浦駅は、駅舎も立派でした。

ちょっと歴史を感じる小旅行をしたい時、土浦の散策はおすすめです。

散歩データ

コース:JR常磐線 牛久駅 → 牛久宿 → 荒川沖宿 → 中村宿 → 土浦宿 →  JR常磐線 土浦駅
距離:16.4km
時間:3h46m

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