日本経緯度原点を発見!

地図を作る際に基準となる日本経緯度原点に、行ってみました。

有章院霊廟二天門

先ずは、浜松町から東京タワー方面を目指します。

増上寺の北東の角あたりに有章院霊廟(ゆうしょういんれいびょう)二天門(にてんもん)がありました。東京大空襲を焼け残り、重要文化財に指定されています。

右が多聞天左が広目天の有章院霊廟二天門

有章院霊廟二天門

右が北方を守護する多聞天(たもんてん又は毘沙門天びしゃもんてん)、左が西方を守護する広目天(こうもくてん)だそうです。増上寺の鬼門となる北東の角にあるのに、北と東を守護している訳ではないんですね。きっと何か深い訳があるのでしょう。

耳と目と来たら、残りの方角を守護するのは、辯口天(べんこうてん)、芳香天(ほうこうてん)など、口や鼻に関する名前になりそうなところです。

でも、正解は、東を守護する持国天(じこくてん)と南を守護する増長天(ぞうちょうてん)です。きっと、梵語を音訳したときに関連性のある言葉が選びきれなかったのだと思います。ちなみに、これらの四天を四天王というそうです。

日本経緯度原点

東京タワーの北側の道を西に進み、飯倉の交差点を渡り、南に80m歩いて右の細い道を西に入ります。警備員さんが立っていたので、この道通ってもいいのかな?と思いながら進みました。130mくらい行くと突き当たるので、そこを左に曲がります。

雑草が生い茂り、え?と思うようなところに日本経緯度原点はありました。

雑草の中にある日本経緯度原点

雑草の中にある日本経緯度原点

原点は、経緯度の基準となるくらいなので、てっきり一等三角点だと思っていました。しかし、帰宅後に調べたところ、南東に約80メートル離れたところに一等三角点「東京(大正)」が別にあるようです。

今日は周りに人が誰もいないので、経緯度原点を思う存分観察できます。

金属標は花崗岩に埋め込まれています。フォントは読みやすさ重視の丸ゴシックのようです。

日本経緯度原点

日本経緯度原点の金属標

左隣の「日本経緯度原点」の大きい標示は隷書(れいしょ)で書かれています。大きい字はこの方が見栄えが良いのでしょうか?

隷書標記の日本経緯度原点

隷書標記の日本経緯度原点(右上の丸は三脚固定用)

近くの看板を読んでみました。東北地方太平洋沖地震によって、東に27センチ移動したそうです。この27センチはやはり、グリニッジ天文台(IERS基準子午線)が基準なのでしょうね。

なお、ここが日本経緯度原点であることは、測量法施行令第二条第1項に定められています。また、同項に、「原点方位角 32度20分46秒209(前号の地点において真北を基準として右回りに測定した茨城県つくば市北郷1番地内つくば超長基線電波干渉計観測点金属標の十字の交点の方位角)」とあり、これで真北の方向が定まります。つくば超長基線電波干渉計につきましては、先日見てきましたので、よろしければこちらをご覧ください。

知らないところを散歩をする上で、地図は必要不可欠ですね。その地図を作る技術を展示している「地図と測量の科学館」がつくばにあります。 実物を...

舊乃木邸

都道319号線を狸穴(まみあな)坂を左手に見ながら六本木方面に向かいます。

狸穴坂の標柱

狸穴坂の標柱

大使館とか外務省の建物とか、いろいろ並んでいます。

外交史料館別館展示室入口

外交史料館別館展示室入口

外交史料館別館展示室は見学出来るんですね。でも、今日は日曜なので、休館です。残念。

舊乃木邸

六本木の交差点を渡り、そのまま北西に進むと舊乃木邸がありました。

舊は「きゅう」と読み、一番下の「臼」の部分のから略字の「旧」が出来ました。

舊乃木邸

舊乃木邸

重々しい表示で、将軍には似合っています。

乃木邸玄関

乃木邸玄関

邸内は、坂があり、昔の風流な人は、自然の地形を生かして庭を作ったことが良く分かります。

坂と言えば、坂の上の雲(本しか読んだことはありません)では、乃木希典は、無能のように書かれていましたが、本当のところはどのような人物だったのでしょうか?

ところで、坂の上の雲の「坂」とは、乃木坂のこと?

現在の国立競技場

神宮外苑に入り、国立競技場の脇を通ると・・・

ぼ、ぼ、僕の青春の、こ、こ、国立競技場がぁっ!

(3回くらいラグビーを見に来ただけです)

現在の国立競技場

現在の国立競技場

新しい国立競技場は、いつ出来るのでしょうか。楽しみです。

散歩データ

コース:JR東海道線 浜松町駅 → 日本経緯度原点 → 舊乃木邸 → 山手線 新宿駅
距離 :9.9km
時間 :2h17m

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