東海道を歩いた感想

学生時代に、交通機関を利用して、1カ月程度の旅をしたことは何回かあった。しかし、徒歩だけで、何日も旅をしたことは初めてである。一日に相当歩いたつもりでも、日本地図に描いてみると、あまり進んでいない。つくづく日本は広いと感じた。

今回の旅では、できるだけ昔の人の歩いたルートを昔の人が歩いたペースで歩こうと思っていた。トータルで15日だったので、ほぼこの目的は達成できた。

昔は人生わずか50年だったのに、旅に時間がかかると、よほど効率的に動かないと何もしないまま一生が終わってしまったことであろう。また、旅にはお金がかかり、疲れるので、目的を明確にして、固い決心を持って臨むことが、昔の旅の必須条件だったのだろうと思う。

2011年に3日歩いた時は、一日25km歩いただけで太ももが痛くなり、それ以上歩くことは無理だった。2014年までにトレーニングはしていたものの、正直言って、40km歩くことは難しいと思っていた。しかし、実際には60km近く歩くこともできた。

実際に長距離を歩いていると、日毎に、歩くための体に変わっていくように感じた。例えば、普段の歩幅に対して7~8割くらいの歩幅になった。傍から見ていれば、足の上げ方や手の振り方も、普段とは異なり、疲れないモードになっていたと思う。体重も最終的には5kgほど減った。

足のマメについては、絆創膏の貼り方によって、痛みをだいぶ和らげることができた。日毎に痛みも少なくなった。歩いている途中、相撲の「けがは土俵で治す」という言葉と通じるものがあると何度も思った。

アスファルトはとても固い。靴は、クッション性の高いものを選んだつもりであった。しかし、それでもなお固かった。夜、成長痛のように膝が痛んで、なかなか眠れなかった。

今回の旅行では、夏至に近い時期を選んだ。明るい時間が長かったことも長距離を歩けた理由である。昔の人は、冬でも40km近く歩いたはずであり、その点をすごいと感じる。

今回の旅では、名物もなるべく味わおうと思った。食べる過程で感じたことは、「名物とは、地元で使える食材を最大限に工夫して作った食べ物である」ということだった。名物に旨い物なしという言葉が当てはまる食べ物も確かにある。しかし、地域的に限られた食材を工夫して料理し、何とかして旅人に受け入れてもらい、生活していくというその努力に思いを馳せると、敬意を払いながら食べなくてはいけないと感じた。

街道を歩くと、昔の人のさまざまな工夫が感じられる。

並木は、夏の暑さを防いでくれる。冬に歩いたら防風の効果がきっと感じられたことであろう。

一里塚は、見るとほっとする。昔は一日に約10里歩いたわけであり、切りの良い数である。逆に言えば、一里という人間工学的に丁度良い長さをよくぞ選んだということになる。

常夜灯は、①多数あること、②現代まで残されていること、③ガイドブックに載っていること等の理由が解らなかった。色・形にあまりバリエーションがないし、ストーリ性も余りない。しかし、岡崎で夜道を歩いた時にその考えが改まった。常夜灯の光は、旅人を元気づけてくれる力があった。街灯が所どころに点いている現代でさえそう感じるのであるから、常夜灯が無ければ真っ暗だった昔にあっては、どれほど勇気づけられたことであろうか。

これらの工夫は世界に冠たるものであろう。このような工夫の効果を肌身に感じると、自分が長い歴史を有する日本人の一人であって、かつ、街道歩きの経験ができてよかったなとつくづく思う。

道祖神については、今のところ、自分にはそのご利益が良く分かっていない。しかし、石を加工することは困難なのに、至るところにそれが建立されていることを考えると、とてつもないご利益があるのかもしれない。なお、道祖神は関東で多く、愛知あたりで少なくなるが、京都付近で再び見かけるようになったというイメージがある。

宿場によっては、古い街並みを大切にしている地域とそうでない地域がある。大切にしている地域は、現代にあって、住みにくい面もあるかもしれないし、自分の思うように普請をすることもできないかもしれない。しかし、貴重な文化を後世に伝えるために、どうか古い街並みを残して欲しいと切に願う。

一つのこだわりとして、道中できる限り橋の写真を撮った。東海道は、日本橋で始まり、三条大橋で終わる。橋には起点や終点たりえる何かがあるのである。途中の橋にもその何かが当然あるはずである。また、広重の浮世絵についても、大きな川のあるところは、ほぼ必ず題材となっている。

橋を架けることは、昔も今も技術と資金を必要とする重要なイベントであろう。機会があったら、橋について知識を深め、その後、東海道で撮った写真を改めて眺めてみたい。

歩く速度は何気に早い。ガイドブックを読んだり、メールをしたり、ホテルを調べたりしていると、一里塚や本陣跡の石碑などのランドマークをすぐに通り過ぎてしまう。道中は、一瞬、一瞬が集中すべき貴重な時間であった。

踏破後、東海道中膝栗毛を読んでいる。江戸時代の作品なのに、非常に身近に感じられるようになって面白い。また旅に出たくなる。

今回の旅行に快く送り出してくれた家族には本当に感謝している。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする