環状四号線を歩く | 富士神社で榧(カヤ)の大木を発見! | 白髭橋西詰~千石三丁目

南千住駅

南千住駅

今日は環状四号線を白髭橋西詰から反時計回りに歩くのですが、そこに行くまでに、見ておきたいものが2つあったので、南千住で降りました。

隅田川駅

多数のコンテナが積まれた貨物駅

多数のコンテナが積まれた貨物駅

その1つ目は、この駅です。駅と言っても貨物駅です。

昔、毎日のように常磐線を使っていましたが、南千住のすぐ近くにこんな広大な貨物駅があることを知りませんでした。ただ、言い訳をすると、常磐線の東側は、日比谷線にブロックされていて、見えません。

隅田川駅

隅田川駅

貨物船の駅名は、隅田川駅。

確かに隅田川は、駅の周辺を囲むように流れています。しかし、近いところでも400m弱はあります。それなのに隅田川駅?

その理由は、この駅が隅田川で運んできた石炭等の荒荷の集散地として開設されたためでした。駅の東側に瑞光橋公園があり、その瑞光橋は、隅田川駅に引いていた運河の名残の上に架かっています。

DE10形、EH200形、EH500形機関車

DE10形ディーゼル機関車、EH200形直流電気機関車、EH500形三電源方式交流(50Hz、60Hz)直流用電気機関車

機関車は、DE10形ディーゼル機関車、EH200形直流電気機関車、EH500形三電源方式交流(50Hz、60Hz)直流用電気機関車と、各種揃っています。鉄っちゃんじゃないからよく分からないけど、好きな人が見たら垂涎の光景ではないの?

飛行場のような雰囲気の貨物駅

飛行場のような雰囲気の貨物駅

広々とした敷地に大きな文字が書かれていて、飛行場みたい。

都鳥歌碑

都鳥歌碑(右から3番目)

都鳥歌碑(右から3番目)

見ておきたいものの2つ目は、この写真の右から3番目の石碑でした。
石濱神社にある都鳥歌碑です。「名にし負はば いさこととはん 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」と書かれているらしいです。在原業平がこの付近で詠んだ歌です。

在原業平と言えば、「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくらなゐに 水くくるとは」を詠んだ人です。この一首は、映画にもなりましたし、落語にもなっていて、最も有名な和歌の一つです。その業平の歌碑なんです。年末に来たときは説明板が立ってなかったため、見つけることができませんでした。

彫ってある字は、かなり風化が進んでいて、よく読めなかったです。風化が進んでいなくても、くずし字なので、多分読めません。ただ、下の方にある舟の絵だけは分かりました。

明治通り

白髭橋西詰交差点

白髭橋西詰交差点

ようやく白髭橋西詰から環状四号線を歩きます。

天然ガスのガスタンク

天然ガスのガスタンク

巨大な3つのガスタンクを右手に見て歩きます。

中身は天然ガスなんですね。そういえば、本来のガスって無臭なんだそうです。ガスに臭いを付けた人のセンスはスゴいと思います。だって、通常はほとんど嗅ぐことのない臭いでありながら、ガスだなっていう臭いですもんね。

近くに水素ステーションもありました。水素でも付臭剤が研究されているとのことですが、いかにも水素って感じの臭いにして欲しいです。

泪橋交差点

泪橋交差点

西に800m程歩くと泪橋の交差点。

日光街道を歩いた時に通りましたが、交差している道が環状四号線(明治通り)だとは知りませんでした。

大関横町交差点前の道路標識

大関横町交差点前の道路標識

国道4号線を知らせる道路標識が出現。この大関横町交差点を境に、昭和通りから日光街道に名前が変わるんですね。でも、直進する道に、「明治通り」という通称がありながら、書かれていないのはなぜだろう?

常磐線

常磐線

常磐線の下をくぐります。

宮地交差点

宮地交差点

道灌山通り

環状四号線は、宮地の交差点で明治通りと別れ、道灌山通りに入ります。

そもそも明治通りが環状的なのに、無理やり急な角度で曲がらなければならない理由は何なのでしょう?太田道灌に敬意を表したのでしょうか。

道灌山通り

道灌山通り

しかも、道灌山通りは、片側一車線で、明治通りに比べれば、随分狭いです。今後、広げていく計画があるのでしょうか?

日暮里道踏切

日暮里道踏切

道と斜めに交差するこの踏切は、常磐貨物線の日暮里道踏切です。
先ほどの隅田川駅から荷を載せた貨物列車は、ここを通って東北方面に向かっていくようです。

京成線

京成線

この辺りは、鉄道との交差が多いです。今度は京成線です。
橋梁や電柱のレトロ感がなんとも昭和を思い出させます。

そういえば、一週間前に、昭和生まれの20代の方々がいなくなったとのことでしたね。

西日暮里駅でお見かけした晴れ着姿の新成人

西日暮里駅でお見かけした晴れ着姿の新成人

そんなことを思って歩いていたら、西日暮里駅で、晴れ着姿の新成人を発見!
おめでとうございます!今日はお天気が良くて何よりです。

あ、そうか、そうすると、再来年の今頃は、20世紀生まれの10代の方々がいなくなっているということにもなりますね。

西日暮里駅脇の切通し

西日暮里駅脇の切通し

西日暮里駅脇の切通しを登ります。傾斜が緩いので、全然きつくありません。

右手には「ペンは剣より強し」の開成学園。そのうち、キーボードは剣より強しになる・・・なんてことはないですよね。

道灌山下交差点

道灌山下交差点

道灌山下の交差点で不忍通りに突き当たりました。
と、言うことは道灌山通りはここが終点です。宮地の交差点が起点で、その距離、約1.5kmであっと言う間でした。

道灌山下の交差点は右折です。環状道路を反時計回りに回っているのに、右折するのも複雑な気分。

富士神社

「一 富士 二 鷹 三 なすび 発祥の地」を主張するのぼり旗

「一 富士 二 鷹 三 なすび 発祥の地」を主張するのぼり旗

のぼり旗があちらこちらにあり、それを見ると、ここ動坂は、「一 富士  二 鷹  三 なすび  発祥の地」なのだそうです。近くにあった文京区の解説板によれば、富士は富士神社、鷹は鷹匠屋敷(現駒込病院の地)、富士神社裏一帯の畑は茄子が取れて有名だったとのことです。
富士神社に行ってみたくなりました。

富士神社

富士神社

着きました。ここが、富士神社です。環状四号線から南東に250mほど寄り道しました。

榧の大木

榧の大木

境内には大木が沢山ありました。中でも目を引いたのが、この榧(カヤ)の木です。ただただ圧倒されました。

ところで、富士神社はもともと現在の東京大学のところにあり、そこが加賀前田家の上屋敷になるにあたって、この地に移転したそうです。そのため、東大一帯は、住居表示改正前まで本富士町と呼ばれていたとのこと。そういえば、東大の南側に接して、本富士警察署があることを思い出しました。これで一つ話のネタが増えました。

大塚駅

猫又坂

猫又坂

千石三丁目の交差点に向かう長い坂は猫又坂(ねこまたざか)です。

昔、この坂の下に千川が流れており、若い僧が白い獣に驚いて川にはまったそうです。そのことから、そこに架かっていた橋の名前を妖怪の猫貍(ねこまた)にちなんで猫貍橋と呼ぶようになり、さらに、坂の名前になったとのことです。

猫貍橋の親柱の袖石

猫貍橋の親柱の袖石

そして、これが橋の親柱の袖石の2基とのことです。千川は今、暗渠になっています。

千石三丁目から大塚駅に向かいました。

大塚駅

大塚駅

大塚駅、見違えるほど綺麗になりましたね。角萬があったころは、北口と南口を結ぶ細い構内通路があっただけの小さな駅だったのに。。。

散歩データ

コース:JR常磐線 南千住駅 → 環状四号線(白髭橋西詰~千石三丁目) → JR山手線 大塚駅
距離:12.5km
時間:3h24m

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